『Landreaall』というファンタジー漫画がある。作者はおがきちか。掲載誌はコミックZERO-SUM。
すごくおもしろい漫画だとぼくは思っているのだけど、いまいち注目が薄い漫画でもある。
ZERO-SUM自体がマイナーだからだろうか?
それは理由のひとつだろうけれど、思うにこの漫画に見られる表現技法が比較的多くの想像力を必要とするからなのではないだろうか。
すなわち、登場人物の言葉による心情描写を極力排除したもの――言うなれば、ハードボイルドの文法だ。
歌だ
そうだ 俺は知っていた 主人公・DXのそんなモノローグから物語は幕を開ける。
歌う樹エカリープ、20年前の冒険譚、魔の山の火竜――続くモノローグでもいくつか断片的にキーワードが散見されるが、具体的になにが起きたのかは読者に明確には知らされない。1巻から3巻にかけては、それらに関するエピソードが綴られるのだが、前述の通り登場人物の心情がほとんど語られないので、その行間は読者自身の想像力で埋めるしかないのだ。
火竜を封じるため自らも自由を奪われたマリオンに恋したDXが、彼女を救い出すため竜退治をしようと決意する――話自体は正調ファンタジーのそれなのだが、そうした表現のせいかどうしても特異な印象を受ける。それが話をおもしろくする効果を担っていると思うのだけど。
当たり前のことではあるけど、この世のすべての物語は現実と地続きではない。極論を言ってしまえば、たいていのお話はハイ・ファンタジーかロー・ファンタジーに分類されてしまう。異世界でのお話なのだ。人の手を借りて語られた時点で、どんな話もある種のフィクションになるように。
異世界なのだから、当然自分の目線で見ている世界で通用する常識は通用しない。そこを埋めるのが想像力だ。そして、フィクションとはその想像力を豊かにするのにちょうどいい娯楽なのだと思う。
要求されるハードルは少々高めだが、そうした意味で『Landreaall』はすばらしいのだ。
引き込ませ、想像させ、その結果また引き込ませる、高い求心力を持つ物語。
ここまでレベルの高いことをやれている作品は、ほかにそうない。
余談その一。
エカリープ編は3巻でそのエピソードを終え、4巻から現在までは王立学校に入学したDXの学園生活が描かれる。3巻までもすばらしいが、こちらも秀逸。
余談その二。
エカリープ編のラストは、SF的視線から見て興味深いものになっている。こちらに関してもいずれまた機会を見て考察してみたいな、なんて。
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